木造住宅の良さ、もっと見直そう
日本経済新聞 社説
 風薫る5月。森に入ると、樹木が発散する淡い香りのフィトンチッド(一種の鎮静効果を持つ化学成分)が、人々の神経を和ませてくれる。
 天然資源の乏しかった日本は、昔から再生可能な木材資源を大切に使う習慣があった。だが、戦後の高度成長を支えた工業化のうねりの中で、原材料としての木材は、鉄やアルミ、プラスチックなどに急速に置き換えられてしまった。燃料としての木材も石油にとって代わられ、経済の物差しでみた樹木の価値は大幅に低下してしまった。それに追い打ちをかけるように、割安の輸入木材が国産材を締め出した。

 それに伴い、里山や森の手入れがなおざりになり、いまや日本列島のいたるところで、森の荒廃が目立ってきている。

 だが、この数年、長い間忘れられてきた森や樹木の価値を見直す機運が出てきている。それにはいくつかの理由が考えられる。たとえば、バブルがはじけた後、日本は深刻な長期不況に見舞われたが、一方で経済の成熟化が進み、日本人の価値観が物的豊かさよりも、自然の恵みをより大切に思うようにシフトしてきた。

 樹木はCO2の缶詰だ

 また急速な工業化によって、世界的に金属資源が枯渇してきたこと、さらにシックハウス症候群の発生にみられるように、人工的につくられた化学物質を多用した住宅で、ぜんそくやアトピー性皮膚炎などが多発し、木造住宅の良さが改めて見直されてきたことなどが指摘できる。

 だが、最大の理由は、森や樹木が二酸化炭素(CO2)の貴重な吸収源であることが認識されてきたことであろう。

 21世紀最大の環境破壊は、地球の温暖化だといわれる。温暖化を促進させるガスのうち、温暖化寄与度が最も大きいのがCO2である。CO2は、人間の呼吸によっても排出されるが、最大の排出源は石油などの化石燃料の消費である。

 だから温暖化を阻止するには、化石燃料の消費を抑制することが肝心である。一昨年12月の地球温暖化防止京都会議で、日米EU(欧州連合)は、温暖化ガスの排出量を削減することで合意し、日本は2010年前後に1990年比で6%削減することを約束した。その際、森林のCO2吸収量を差し引ける措置が同時に決まった。この会議以降、CO2対策として森への関心が一気に盛り上がってきたように思える。

 林業白書の推定によると、日本の森は、年間CO2を炭素換算で2700万トン程度吸収している。一方、経済活動などによって年間排出されるCO2量は、3億3000万トン程度なので森は、排出量の約8%を吸収していることになる。

 一方、日本の森がストックとして蓄積しているCO2量は、14億トン近くに達する。これに対し日本の木造住宅が固定化しているCO2量は約1割の1億5000万トン程度である。つまり、森をCO2の缶詰とみたてれば、木造住宅をつくることは、森を都市につくることにほかならない。つまり木材を使った住宅が増えることは、それだけCO2の固定量も増えることになる。

 だが、現実には、木造住宅は非木造住宅にシェアを奪われている。かつて個人住宅といえば、木造住宅だったが、最近では、新設住宅に占める木造住宅の割合は4割強にまで落ち込んでいる。このままでは、4割を割り込むことさえ予想される。

 植林と100年住宅の循環を

 木造住宅が不人気な理由としては、台風や地震に弱い、燃えやすく腐りやすい、シロアリなどの被害を受けやすいなどが指摘されている。しかしこれは主として従来型の建築工法に問題があったためで、最近では、工法上、台風や地震に強く設計されている。木質を強化させ、長持ちさせるための加工技術も大幅に向上している。シックハウス症候群などとも無縁だ。

 スギなどの樹木は、一般に植樹後15年から20年あたりから、幹がどんどん太くなる。CO2の固定化がそれだけ活発化してくるわけだ。やがて、50年、80年と時間がたつにつれ、固定化の速度が落ちてくる。そこでたとえば、100年目にスギを伐採し、新しくスギの苗木を植える。一方伐採したスギで100年持つ住宅をつくる。

 そうすれば、100年かけてCO2を固定化してきたスギは、さらに100年住宅の部材の形でCO2を固定化し続ける。その間、新しく植樹したスギが新たにCO2を固定化していく。日本の木造住宅は現在、価格の安い輸入材に大きく依存している。しかし、これからは日本の森の循環の中に、木造住宅を位置づけ、森の再生と国産材の活用をリンクさせることが、持続可能な日本の21世紀のために必要だ。
《出典》日本経済新聞 (11/05/04) 前頁      次頁