風土に応じて それぞれの土地に酒がある
天声人語
 風土に応じて、それぞれの土地に酒がある。沖縄の酒はコメから造る蒸留酒、泡盛である。
 那覇・首里(しゅり)城の城下町には、かつて酒造所(サカヤー)が並んでいた。それぞれの酒蔵が独自のカビ(黒こうじ菌)を持ち、味の個性を競ったものだ。ところが沖縄戦で焼き尽くされ、菌もほとんどが死滅してしまった。現代の泡盛の多くは、やむなく同じ菌をもとにつくられる。だから杜氏(とうじ)たちは、味の違いを出すのにひどく苦心してきた。
 1年前、昔の、幻の黒こうじ菌十数株が東大の研究所に保存されていることがわかった。「酒の博士」といわれた故坂口謹一郎・東大名誉教授が六十数年前、「カビ利用の学問を進めていくために」酒造所を回り、東京に持ち帰っていたのだ。いま、菌の一つを譲り受けた首里の瑞泉(ずいせん)酒造が、昔の泡盛の再現に挑んでいる。
 訪ねて、話を聞いた。--社長の佐久本(さくもと)武さん(55)は、初めて菌を目にしたとき、思わず「よく生きていたなあ」と言ったそうだ。自分よりずっと年上なのである。雑菌に汚染されないよう、タンクを念入りに消毒した。コメ1トンを仕込み、杜氏が5月なかばから2週間泊まり込んで、手作業で水の量や温度、換気の調節をした。
 うまく発酵せず、気をもむ場面もあった。しかし今月はじめ、蒸留機の蛇口をひねったとたん、果実のような甘い香りが漂った。戦前の味を知る社長の父親、政敦(せいとん)さん(89)が一番酒を口に含んだ。合格点だった。「出来立てとは思えないほどまろやか」と。
 坂口博士は戦後、上空から焼け野原の沖縄を見て、〈たまきはる命をこめし戦車はも赤さびはてて荒磯に立つ〉と嘆いた。それから半世紀を経たのちの、いのちの復活である。よみがえりに敬意を表し「御酒(ウサキ)」と名付けられた。
 より熟成させるので、蔵を出るのは秋になる。800を超える泡盛の銘柄に、大先達が加わる。
《出典》朝日新聞 (11/06/25) 前頁      次頁