ダブル受賞(ノーベル賞)
天声人語
 ノーベル物理学賞の小柴昌俊さんに続いて化学賞でも田中耕一さんの受賞が決まった。感慨深いダブル受賞だ。
 小柴さんが今春の東大卒業式の祝辞でこんな話を披露した。自分の結婚式でのことだ。東大嫌いで知られる物理学者の故武谷三男氏がこうあいさつをしたそうだ。「今日の婿さんは東大を出たけれどビリで出たからまだいくらかの見込みはある」。小柴さんは自分の卒業時の成績表を公表して武谷氏の話を裏付けた。
 小柴さんがノーベル賞に至るには、大胆な発想、行動力、機敏な判断と決断力などいろいろあるが、その裏には民間企業の協力もあった。地下1千メートルに巨大な水槽をつくって素粒子の観測をする。企業と交渉し、先端技術を凝縮した観測装置「カミオカンデ」をつくりあげた。日本の最先端技術の協力があった。
 化学賞の田中さんは、その最先端技術を追求する企業のエンジニアである。大学院に進まないで、島津製作所に就職した。民間企業の社員の受賞は、日本人では2人目だ。科学研究は大学だけのものではないことを改めて教える。
 9日夜、記者会見に現れた田中さんは「受賞の連絡を受けたときには何のことかわからなかった」と語った。そして「寝耳に水で、いまでも信じられない」。突然だったことを示す作業服姿を「申し訳ない」とわびていたが、むしろ新鮮に映った。新しい時代を感じた。
 2人の受賞は後に続く者たちに励ましを与えてくれるだろう。どんな境遇でも実績を出せる、と。大学の成績が少々悪くてもかまわないことも含めて。
《出典》朝日新聞 (14/10/10) 前頁      次頁