松浪副文科相の「怒り」
「近聞遠見」 岩見隆夫
 ささいなことのようで、そうではない。以下の出来事は、官僚組織にひそむ異常な体質を浮き彫りにしている-----。
海上自衛隊のイージス艦と漁船の衝突事故が起きたのは先月19日未明、石破茂防衛相から渡海紀三朗文部科学相のもとに、海底の緊急調査を依頼するSOSが届いたのは21日夕方である。
海底調査は文科省所管の海洋研究開発機構(JAMSTEC)が得意だ。かつてハワイ沖の〈えひめ丸〉を見つけ、H2Aロケット発射に失敗したときも、海底で発見した実績を持つ。
翌22日午後、文科省の松浪健四郎副大臣室に、JAMSTECの海洋調査船〈かいよう〉の出港準備が整った、と連絡が入った。松浪は直ちに横須賀港に飛ぶ。
突然の業務命令で、予想しない仕事に携わることになった職員、乗組員を激励するためだ。〈かいよう〉は次の調査のため、ディープ・トウと呼ばれるカメラシステムやソナーシステム(音響)を分解中だったが、急きょ徹夜で組み立てたという。
やっと出港にこぎつけたのだが、事故発生から4日近くが過ぎていた。松浪は記者団にコメントを求められると、
「(SOSが)遅い」
と率直に述べた。せっかく捜索するのに、もっと早ければ発見も早かったはず、という悔いがあったからだ。松浪は自身のホームページ(HP)でも、漁船の親子の捜索が後手に回っているのを批判したあと、
〈それにしても調査依頼が遅すぎるのではないか。自衛隊や海上保安庁だけで大丈夫と踏んだのであろうか。オールJAPANで対応すべきではなかったか〉
などと疑問を記した。ところが、その直後、文科省事務当局が
 「遅すぎるうんぬんはHPから削ってほしい」
 と求めてきたという。松浪は、
 「何を言うか。どうしても削れというなら、おれは副大臣を辞める」
 と激怒、削除を拒んだ。
 松浪の怒りは当然である。調査依頼は事故発生当日の19日中にあってもおかしくなかった。松浪の指摘は、今後、同様の事態が起きたときの教訓にもなるはずだった。
 だが、そのことよりも、文科省ナンバーツーの副大臣が責任をもって外部に発信した発言を、補佐する立場の官僚が削れという異常さである。発言に明らかな事実誤認でもあったのならともかく、今回は貴重な注意喚起なのだ。
 松浪は衆院当選3回(比例近畿ブロック)、61歳、全日本学生レスリングのチャンピオン、アフガニスタン国立カブール大講師、専修大教授などを経て政界入りした。外務政務官をつとめ、衆院本会議の壇上から野党議員にコップの水をかけ、勇名(?)をはせたこともある中堅議員だ。
 つまり、国民に選ばれた政治家・松浪に対する官僚の節度、という重要な問題をはらんでいる。文科省側の意図は必ずしもはっきりしない。同省と防衛省の間にあつれきが生じるのを恐れたのかもしれない。そうだとすれば論外だ。
 最近の官僚の腐敗、モラルの低下は目にあまる。その裏には、〈削れ〉事件にみられるようなおごりの意識が隠されているのではなかろうか。
 JAMSTECは8隻の調査船を保有し、世界のトップクラスの能力を誇っている。〈かいよう〉についで、沖ノ鳥島沖を調査中だった〈なつしま〉、沖縄にいた〈よこすか〉も投入された。松浪のHPには、〈人命のために文科省も全力投球する。省庁は面子を捨て協力すべきだ〉ともあった。(敬称略)
《出典》毎日新聞 (20/03/08) 前頁      次頁