名調子
毎日新聞 「発信箱」
 先ごろ訃報が伝えられた元NHKアナウンサー、志村正順さんは、その名調子の実況放送で戦前戦中戦後にわたって伝説を残した。
 1936年11月29日、東京の洲崎球場。プロ野球の公式試合・巨人対セネタース戦で、23歳の青年アナウンサーは「沢村、靴底のスパイクがはっきり見えるほど、高々と足を上げました」と活写した(野球体育博物館編「野球殿堂2007」)。巨人のエース沢村栄治の若武者ぶりを、人々はラジオの前で生き生きと思い描いたに違いない。
 43年10月の学徒出陣壮行実況、53年2月のテレビ放送開始アナウンス、長嶋がサヨナラ本塁打を放った59年6月の巨人対タイガース天覧試合中継。そして何より大きいのは、解説者との軽妙なやりとりを交えてスポーツ実況のありようを変えたことだ。とりわけ故小西得郎さんとのコンビは人気で、逸話は多い。
 中でも有名なのは藤尾茂捕手(巨人)のアクシデント。75年の読売新聞で小西さんが回想している。球が具合悪い所に当たったその時「小西さん、藤尾が痛そうにしていますが、どうしたんでしょう」と、志村アナがそしらぬ顔して振ってきた。せかすように足をけったそうだ。
 困った小西さんは言う。「なんと申しましょうか……ご婦人方には絶対お分かりになれない痛みでして……」
 「名調子」と評される語り口が段々少なくなっているようだ。情報あふれかえるネット時代にその居場所はなくなりつつあるのか。しかし、ラジオの日々の方がずっと豊かな情報を得ていたように思えるのは、錯覚だろうか。   玉木研二(論説室)
《出典》毎日新聞 (20/04/29) 前頁      次頁