コストダウンの“常識のウソ" | |
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施工者に聞く「設計者の盲点」 | |
建築としては小規模で、設計者と施工者の距離が比較的短いはずの住宅。それでも、施工の実態を設計者が把握しているとは限らない。 コストダウンを狙った設計者の判断が、逆にコストアップを招くこともある。設計事務所がデザインした住宅の施工経験が豊富な工務店にその実態を聞いた。彼らの言葉からコストダウンの“常識のウソ"が浮かび上がる。 「設計事務所の手がけた住宅の工事費を見積もって、予算内に収まることは少ない。10%のオーバーならよい方。ひどい時は30~40%も超過する。バブル期も不況の今も、事情は 変わらない」。苦笑混じりにそう話すのは、設計事務所の設計した住宅の施工で実績のある工務店の一つ、バウ建設(東京・東日本橋)の大村和男専務だ。 ◆コスト低減には形態変更が一番だが 住宅のコストダウンは、設計者にコスト管理能力があって初めて可能になる。大村氏によると、その能力を身に着けた設計者は多くはないそうだ。理由を、同氏はこう分析する。「設計事務所の手がけた住宅は吹抜けが多く、天井高がバラバラであることが少なくない。また壁の凹凸が多く、単純な箱形をしていない」。だから、一般的な住宅のような延べ面積でなく、3次元の立体でコスト把握をする必要があるのだが、設計がざん新でもコスト管理となると、まだ延べ面積的発想を引きずっている設計者が少なくないという。大村氏は、設計者から形態を含めた、根本的な設計変更案を求められたことがある。だが、「その通りのものを設計者に提出したら、ひどく叱られただけ」。 ただ、同氏と付き合いの長い、ある著名建築家との仕事で一度だけこんなことがあった。「予算は坪当たり100万円だったのが、見積もったら160万円を超えた。すると、先生は設計を本当に一からやり直してくれた」。6割以上も予算をオーバーしたのだから当然と言えなくもないが、それが滅多にない"美談"として記憶されてしまうほど、設計者は形態にかかわる設計変更を嫌うようだ。 ◆天井を張らない方が高くつくことも 見積もり時や施工中に、内装や仕上げについて、設計者がコストダウンを狙った判断を下すことは珍しくない。しかし、設計者はそのつもりでも、実際に施工すると効果なしあるいは逆効果というケースがあるようだ。そもそも、こう設計すれば安くなる、という設計者の認識が正しいとは限らない。 木造軸組構法の住宅でコストを下げる時、最初に設計者が思いつくことは何か。「天井を張らない」は模範解答の一つと思われているだろう。「ところが、天井を張らないとかえってコストアップを招くこともある」と指摘するのが、町屋建築工房(東京・小金井市)の小林勇社長。同社は受注件数の半数が設計事務所関連という工務店だ。露出した木の架構はかんなをかけて仕上げることになるが、「構造材は化粧材と違い、なかなかきれいに仕上がらず、手間がかかる」と小林氏は指摘する。架構の塗装でも、天井の塗装より大量の塗料を必要とすることがあり、結果として、場合によっては天井を張るよりハイコストになってしまうそうだ。 岩本組(東京・田端)の伊藤順一営繕部課長も同意見だ。「設計者の中にはそれを心得て『架構はきれいにしなくていい』と割り切ってくれる人も出てきた」。 ◆乾式はコストも見栄えも湿式以上 和風住宅にこだわりをもつ佐藤秀(東京・新宿)。五十嵐高幸・工事本部部長は、コストダウンを「設計者と相談して、建て主に見えない部分から考えていく」と言う。一例として、表面をじゅらく塗りにする壁の下地を挙げた。 「従来、じゅらくの下地は左官工事の湿式工法でつくるのが普通だった。下地について設計者の約半数は図面で何も指示しないが、その場合は今でも湿式でやるのが慣例だ」。かつては乾式工法よりも手間賃が低く、コスト面で優れていた。ところが今、これをボード下地の乾式工法に改めると、「手間賃が3分の1に減る」(五十嵐氏)。工業化で安価になったボードと対照的に高騰している左官の手間賃も、湿式に不可欠な2週間の乾燥期間もいらなくなるからだという。そればかりでなく、「出来栄えも概して乾式の方がよい。今は平滑に仕上げられる左官が少なくなったので」。 一見、伝統が息づいているかに見える和風住宅の建設現場でも、時代の変化はある。 昨日まで有効だったコストダウンの手法が、明日は逆効果になる可能性も出てくるわけだ。仕上げのほか、建材や既製品の選択もコストダウンのカギとなる。「以前に使った既製品の品番を、習慣的に設計図書に記入する設計者が多い。品番を指定されると、高価でもその製品で見積もらざるを得ない。設計者が『同等品』と書けば、最も安く入手できる製品を念頭に置いて見積もれる」(五十嵐氏)。 ◆安価だが手間が余分にかかる輸入材も しかし、安物買いの銭失いということもある。これは設計者だけが犯す失敗とは限らないが、「安価な輪入建材を採用したことが、コストアップの原因ともなり得る」(町屋建築工房の小林氏)。「例えばタイル。輸入品の中にはシートをはがしにくいなど、施工しにくいものがある。施工しやすい高級品の方が、手間込みでは安上がりだったりする」。効果的なコストダウンのためには、建設現場で設計者と施工者が対等に話し合い建材や施工技術などの知識を交換することが大切だ。 ◆識者の指摘 設計者はコストの常識を学べ 京都大学助教授(建築施工)古阪秀三 設計事務所はコストの常識を知らなすぎる、と言わざるを得ない。例えば、大工の手間賃が今いくらなのか知っているところはごく一部の事務所ではないか。材料の本当の価格も知らない。木の値段が流通次第で大きく変わることも知らない。一方、工務店も真剣にコストダウンを考えているのはほんの一握りで、大半は漫然と仕事をしている。本気でコストダウンしようと思う設計者なら、工務店の業務の一部を肩代わりすることもできるはずだ。見積もりが高すぎる工種を分離発注する手もある。 行政も含めて、住宅建築にかかわる人々が手をつなげば、住宅のコストはまだまだ下がるはずだ。(談) | |
《出典》日経アーキテクチュア (09/11/04) | 前頁 次頁 |