「心」に量子力学で迫る
「数学・物理つなぐカギ」
スティーブン・ホーキング英ケンブリッジ大学教授とともに、宇宙論に取り組んだ英オックスフォード大のロジャー・ペンローズ教授は、最近十年間に『皇帝の新しい心』『シャドウズ・オブ・ザ・マインド(心の影)』『心は量子で語れるか』などの本を相次いで刊行し、脳と心のしくみに物理学の目で迫ろうとしている。今春、日本を訪れたペンローズ教授に聞いた。(聞き手・内村直之)
『皇帝の新しい心』(みすず書房)が批判の的にしたのは、コンピューター信仰だった。
「人間のように賢く、もののわかる人工知能は、今のコンピューターからは生まれないでしょう」人工知能の研究者なら目をむきそうな予言だ。これには数理論理学的な裏付けがある、という。
クルト・ゲーデルは一九三〇年代初め、「数学の枠組みの中には、論理的に正しいとも正しくないとも証明できない問題がある」という不完全性定理を証明した。
「これに従えば、物事を一つひとつ順番に処理するコンピューター式の『計算』では、数学のすべてを覆い尽くせない。
人間の思考も、インスピレーションなどは計算不可能性から出てくると考えられ、単純な計算の積み重ねで働くコンピューターではまねができないはずです」
学生時代、数学を専攻したが、一般相対論、量子力学、数理論理学の三つの講義に魅せられた。
「今の興味も、結局はそこから」。その線上に「人間の思考の最も純粋な形である数学と、物質でできた物理世界との関係の解明」というテーマがある。
「理論物理を見ればわかるように、数学は詳しく正確にこの世界を描き出せます。でも、もっと深い関係が数学と物理の間にはあるでしょう」
『心は量子で語れるか』(講談社)では、物理世界を描く数学が人間の心や意識に深くかかわり、その人間の心は物理的な存在であるという「三つどもえ」の関係を強調する。ということは、心の問題を解決することが、数学と物理の関係を解くカギにもなるわけだ。
最近の関心事は、脳神経細胞の微小管という中空の管に見られるかもしれない量子力学の現象。
「人間の意識が成り立つためには、量子力学とか一般相対論の効果が働いているに違いない。微小世界のシンボルであるプランク定数(量子力学の基礎定数)が、人間の神経細胞に直接かかわっているのです」これには生物学やコンピューター科学、物理学などの分野で承服しない人が多いが、広く関心も呼んでいる。
「私の本の読者は、コンピューターとか量子力学に、なんとなく納得できない感じを持っている。多くの人がその問題の解決を得ようとして読んでくれるのだと思います」
《出典》朝日新聞 (10/05/18) 前頁  次頁