1億総批評家では日本再建はできぬ
トヨタ創業者・豊田喜一郎氏の教訓
 「日本経済は高齢化の進展で労働人口が減少し、最悪の場合、2010年にはゼロ成長になり、さらに税収の伸び悩みから国の財政が破綻、円安が一段と進み1ドル=190円になる」
 1年前の6月29日付の日本経済新聞に掲載された第一生命経済研究所の予測だが、この記事を暗たんたる思いで読んだ記憶がある。現実の日本経済は昨年度、戦後最悪のマイナス成長となった。
 政府は新年度入りの4月に総事業費16兆6500億円の経済総合対策を打ち出したが、株式市場や為替市場は無反応。日経平均株価は一時1万5000円を割り込み、円も6月15日には、ついに1ドル=146円まで下落、日米協調介入でいったんは133円台まで高騰したものの再び、140円台の円安基調に戻ってしまった。
 こう見てくると日本経済はカオス(混迷)状態に陥り、破滅へ向かって疾走しているとしか思えない。
 原因は政府の経済失政もさることながら、高度経済成長を支えてきた日本の経済・社会システムが制度疲労したことにある。既存のシステムが揺さぶられているという意味では、終戦直後の状況と類似している。

いつも油に汚れて居る技術者こそ・・・
 バブルの後遺症から脱却し、日本経済を再び発展の軌道に乗せるには、トヨタ自動車の創業者・豊田喜一郎氏の見解が参考になる。
 「すべての技術者に対して私は次の注意を申し上げたい。技術者は実地が基本であらねばならぬ。その手は昼間はいつも油に汚れて居る技術者こそ、真に日本の工業の再建をなし得る人である。
・・・・・一般に日本の技術者は机上の技術者が多い。海外の智識は相当取り入れて居るも、いざこれを実行するとなると自信を失い、他人の非難を恐れて断行する力に欠ける。即ち、批評する力はあるが、実行する力がない。こう云う技術者では自動車はできぬ」
 この言葉は戦後の昭和22(1947)年5月10日、トヨタ車10万台の生産記念日に語ったものである。
 文中の技術者を政治家、役人、経済人、最後の自動車を「日本国再建」に置き換え、読み直してみると考えさせられることが多い。
 日本の現実は、あまりにも無責任である。政府は日本版ビッグバン(金融大改革)を進める一方で、財政再建キャンペーンを展開した。しかし消費税率の引き上げで景気が低迷し、金融機関の経営がおかしくなると、いつのまにか財政キャンペーンの旗を下ろしてしまう。
 野党も日本の実質借金が国内総生産(GDP)と同じ500兆円に達することを知りながら、歳出削減案を出さずに、恒久減税を要求する。
 経済企画庁は昨年夏の経済白書で「景気は自律的回復基調にある」と宣言したものの、その舌の根の乾かぬうちに「実は景気のピークは、消費税引き上げ直前の97年3月でした」とあっさり訂正する。

投票所に行かない国民も同罪
 日銀も95年度、96年度と2年連続して経済成長率が3%前後に達していたにもかかわらず、平気で0.5%という低金利政策を続ける。日米の金利差が拡大すればするほど、日本の余剰資金が海外に流出する。これが円安に拍車をかける。
 財界は教育改革を提唱しているが、足元の企業では、就職協定を廃止して春先から採用活動を始める。大学を4年制から実質3年制に変容させたのは、だれあろう企業である。
 冒頭に掲げた第一生命経済研究所の予測では「女性や高齢者活用、規制緩和が最悪シナリオ回避のカギ」と結んでいる。前者はまさにその通りだが、国民も本来もらえないほどの過大な年金を受け取る一方で、さらなる減税を要求する。不況の深刻化とともに、規制緩和の声が小さくなったのは、痛みが伴うことを国民が知っているからである。
 無責任なのは政府や役所だけではない。不平不満を言うだけで、投票所に足を運ばない国民も同罪である。7月12日は参議院選挙。豊田喜一郎氏の見解を読み直して、投票所に行こうと思う。 [日経BP:佐藤正明]
《出典》日経ビジネス (10/07/06) 前頁  次頁