コンクリート安全神話
今週の「異議あり」千葉工業大学 小林一輔教授
 文字通り、音を立ててコンクリート安全神話が崩壊した。山陽新幹線福岡トンネルで6月27日朝、発生したコンクリート壁崩落事故。コンクリート片は幸いにも、屋根に当たっただけで大事に至らなかったが、もし線路に落下し車両が乗り上げたら脱線転覆の大惨事だった。千葉工業大学の小林一輔教授(70)は、「新幹線に限らず、日本のコンクリート構造物は危険だらけ。2005年から10年に掛けて、構造物が一斉に崩壊し始める可能性すらある」と、強く警鐘を鳴らす。 【小島 一夫】

 ★コンクリートは、天然の岩石・砂である骨材とセメント、水を練り混ぜて作ります。キチンと工事したならば、どれぐらいの期間、持つものでしょうか
 ☆100年は持つでしょう。日本にある鉄筋コンクリートで最も古いのは、京都市山科にある琵琶湖第一疎水路上にある弧形桁橋(橋長7.3㍍)で、1903年に完成し今も使われている。60年、70年というものも珍しくない。つまり、第二次大戦前に作られたものは、メンテナンスフリーでも十分に機能を維持しています。要は、人間がいかに真剣に作るかということなんです。

 ★技術は進歩する、というのが常識ですから、最近のコンクリート横造物の耐用年数は、戦前に比べより良くなったと普通は考えます。ところが、山陽新幹線は70年前後に工事が行われた。今回のトンネル事故は、いくらなんでも早過ぎると思いますが
 ☆今回のトンネル事故は、高度成長末期の73年に起こったセメント不足が主な原因と考えられます。むしろ、問題なのは鉄筋コンクリート高架橋の早期劣化です。塩分を全く除かない海砂や、アルカリ分の異常に多い欠陥セメントの使用は、高架橋の耐力を著しく低下させました。さらに、現場でコンクリートに水を加えたので、高架橋の寿命は30年程度にまで縮まったのです。

 ★コンクリートに混入される海砂が、強度を弱めているともいわれますが、いかがでしようか
 ☆海砂の塩分が、コンクリートの強度を弱め内部の鉄筋を腐食させる。ところが、60年代後半の高度経済成長期に建設ラッシュが始まるとコンクリート需要が急増した。骨材の供給が追い付かなくなり、海砂の塩分を洗い流さないで使われるようになった。
 その結果、鉄道では、山陽新幹線の高架橋のコンクリートで、建設10年後にははく落現象が見られるようになった。原因は鉄筋腐食で、この現象は現在も続いています。鉄筋腐食が進めば、列車荷重によって高架橋が破壊することも考えられます。問題なのは、JRがその危険性を十分に認識していないことです。早急に列車運行を止めて、区間ことに高架橋の強度や腐食を調査しなければならない。設計で想定した耐力の70%にまで低下しているのか、区間によっては60%にまで低下しているのかを判定する必要がある。50%にまで低下していたら危険です。
 鉄道だけじゃありません。塩分入り海砂が材料に使われた西日本の高速道路、オフィスビル、マンションも同様の危険性がある。私は、2005年から10年に掛けて、こうしたコンクリート構造物の崩落が深刻な社会問題になることを危惧しています。

 ★先生は、70年代に構築されたコンクリート構造物の量産システムを、危険増加の要因に挙げています
 ☆公共構造物の場合について言うと、高度経済成長期以前は、工事発注者が主体性を発揮して、構造物を作っていました。ところが、それ以降になると、ゼネコンが工事全体を取り仕切るようになりました。ゼネコンは工事を分業化して、下請けに割り辰るだけ。この結果、現場で工事を監視する技術者がいなくなり、ただ作業をする人がいるだけになった。この変化が、弱いコンクリート構造物を許すようになったのです。

 ★塩分を除去しない海砂を材料にすることは、今はなくなりました。改善の跡も見られるのでは
 ☆もっと大きな問題があります。不法加水です。
コンクリートは、混ぜる水を増やせば増やすほど軟らかくなるが、強度は下がり腐食しやすくなるという性質があります。コンクリート工事というものは、生コンを現場に運び、ポンプで型枠に流し込むという過程です。ポンプを動かすのにも、型枠に満遍なく、すき間なしに流し込んでいくのにも、コンクリートは軟らかい方が好都台です。そこで、生コンに水を加えることが、現場では日常的に行われている。こんなことを放置していていいのか。そういう怒りに駆られます。

 ★ゼネコン業界のモラルハザード(倫理観の欠如)でしょうか
 ☆最後は、そこに行き着く。業界は、どのような構造物にも命があり終わりがくるという。私は新幹線、高速道路、公共ビルなどのコンクリート構造物は次世代に引き継ぐ社会資本であると考えます。

【聞いて一言】私も、怒りに駆られる。談合、公的資金の実質的注入による借金棒引きというスキャンダルに続く、この「手抜き疑惑」。ゼネコン業界の横暴ぶりは、余りと言えば余りではないのか。私は、怖くてもう新幹線に乗れない。
《出典》毎日新聞 (11/08/26) 前頁  次頁