ごつごつの古強者(米松の杭丸太) | |
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天声人語 | |
新聞の小さな記事を頼りに、丸太を見に行った。ところは、東京駅丸の内北口を出て目の前の、旧国鉄本社ビル跡の資材置き場。その一角に、丸太は無造作に積んであった。 大部分が北米産の米松(べいまつ)(オレゴンパイン)。直径約30センチ、長さ約15メートル。白っぽく乾きひび割れ、両端はささくれ立っている。が、表面につやが残っている部分もあって、どこか生々しさも漂う。80年もの間、地中に埋められていたとは思えない。 すべて、いま建て替え工事中の日本初の大規模オフィスビル「丸ビル」の基礎を支えるくいだった。2、30本ずつを一束にして軟らかな砂の地盤に突き刺し、その下の硬い地盤(東京れき層)に到達させた。鉄でなく木材にしたのは、1920年の着工当時、日本ではまだ鉄の供給が十分でなかったためという。 設計施工にあたったのは、ニューヨークなどの摩天楼建築に実績があった米国の建築会社。船で太平洋を渡った米松は、陸揚げされると大八車に積み替えられた。丸の内まで運ばれたあと、待ちかまえた米国製の巨大な蒸気くい打ち機が地中に打ち込む。全部で5443本が使われた。 完成直後の23年、関東大震災で丸ビルも大きな被害を受けた。けれども基礎は盤石だった。80年を経てさきごろ掘り出されたが、冒頭記したようにしっかりしていて、ほとんど腐っていない。建て替えを進めている三菱地所は、当初建材としての再利用も考えた。しかし、技術やコストの面で断念。チップにし、約1000トンの紙に再生することにした。茶封筒やノートなどに生まれ変わるそうだ。 もう一度、丸太に近づいてみる。ざらざら、ごつごつの古強者(つわもの)。が、意外にすべすべして柔軟でもある。80年といえば人間の平均寿命と似かよっている。この社会を土台のところで支えてきた、大勢の人びとのことを思ってみる。 | |
《出典》朝日新聞 (12/08/09) | 前頁 次頁 |