建物の耐震性と被害
耐震グレードも選ぶ時代
強度0.5「阪神」規模で大破?

 偽装問題で、関心が高まる建物の耐震強度。建物の耐震強度にはばらつきがあり、地震による被害もさまざまだ。建築の際、設計者が依頼主に対し、「命を守る」という建築基準法の最低基準から「建物の機能や財産を守る」レベルまで選択肢があることを説明する動きも出てきた。(瀬川茂子、中村浩彦)

 今回の耐震強度偽装問題で、国土交通省は「震度5強で倒壊の恐れがある」建物があると発表した。現在の基準で必要とされる耐震強度を「1」としたときの割合が、「0.5未満」の建物だ。
この「0.5未満」がもつ科学的な意味は何か。現在の基準は、震度5強程度の中規模の地震で建物が損傷せず、震度6強程度の大規模地震で倒壊しないことを2段階で確認することになっている。衆院国土交通委員会で、国交省住宅局長は「0.5未満のものは、中規模の地震に対する安全性を検証する設計基準を満たしておらず、中規模地震でも倒壊・大規模な損壊の恐れがある」といった説明をした。
耐震性を考える上で、もう一つの目安がある。81年の新耐震基準以前の建物について、「耐震診断」を実施するときに使われる構造耐震指標(Is)だ。このIsの値が、0.3未満だと震度6強の地震で倒壊する「恐れが高い」、0.6以上では「恐れが低い」といった判定基準がある。
計算法が違い、部材強度の推定法なども異なるため、単純な換算はできないが、強引に今回の耐震偽装の問題にあてはめてみると、このIs値の0.6が現在の耐震基準強度を満たす「1」にあたり、Is値の0.3は、耐震偽装問題で脚光を浴びている「0.5」にあたる。だが、図面の信頼性がわからない耐震偽装建築については、Is値を計算して当てはめるのは難しい、と専門家は指摘する。
Isの判定基準の場合は、実際の被害調査をして「妥当だった」(岡田恒男・日本建築防災協会理事長)との裏付けがある。

例えば日本建築学会は、阪神大震災の後で、被災地の100校近い学校の設計図を集めて耐震診断をし、専門家の目視による判定と計算による損傷度の2通りで、被害程度を分類=図A=した。
その結果Is値「0.6以上」だと被害は少ないが、「0.6未満」は補修が必要な「中破」以上が増え、「0.3以下」で取り壊しや大規模な補修が必要な「大破」以上が増える傾向がわかる。
中には耐震指標の値が高いのに、被害の大きい建物もあった。これは柱や壁の強さ、倒壊に耐える粘り、古さ、形から指標を計算するためだ。強くなくても粘りが大きいと、Is値は高くなる。「倒壊を免れても変形は大きく、被害が大きいと判定された」と中埜良昭・東京大生産技術研究所教授は指摘する。
耐震指標の値が高い建物は、地震が来ても大丈夫と思う人が多いだろう。「倒壊の恐れは低い」と聞いて安心し、建物の変形は想像しないかもしれない。専門家と一般市民の間には認識のギャップがある。本来は設計の段階で、説明が必要だ。

建築基準法に基づいて設計された建物なら地震に対する備えが万全か、というと、必ずしもそうとは言い切れない。
建築基準法の基本的な考え方は物建物が損傷を受けても倒壊しなければ、住民の命は保たれる」というものだ。東京工業大の翠川三郎教授
は、建築基準法は耐震の最低限のレベル。震度6強の地震でも、命は助かるが、被災した後に建物がそのまま使用できるかどうかまでは考えていない」と説明する。
実際、阪神大震災の被災地で、倒壊は免れても損傷が大きく、取り壊された建物がかなりあった。損傷が少なくても内部の医療設備が壊れてしまった病院もあった。基準法に従っただけの耐震設計では不十分で、分譲マンションは財産として被災後も生活できたり、震災直後に防災拠点として使えたりするほどの高いレベルの耐震性が必要だ、とする考え方が高まった。

日本建築構造技術者協会(JSCA)は耐震性を「基準級」「上級」「特級」の3グレードに分けて、想定される損傷や修復の程度を示した「性能メニュー」を01年に公表した。建物を設計するにあたり、設計者と依頼主が、耐震性を検討するためのマニュアルだ。
「基準級」は、建築基準法が定める基本的なレベル。グレードを上げて、大地震の後でも建物の重要な機能は使え、さらに余震に耐える「上級」を目指す場合には、耐震壁を増やして、柱の強度を上げる。一般病院や避難施設などに必要なレベルだ。[特級」になると、建物の下に揺れを吸収する免震装置を入れる。建物の損傷は軽微で、機能はほぼ維持される計算だ=図B。
日本建築学会も同様のマニュアルを整備しており、04年の最新版は建築予定地で予想される地震動を考慮する内容になっている。
大手設計会社やゼネコンもこうした考え方を採用し、依頼主に説明するようになってきた。免震装置を備えた調特級」の防災拠点や病院も増えてきた。阪神大震災以前に建てられた免震建物は100棟に満たなかったが、震災以降00年までに700棟を超える免震建物が造られた。
しかし、マンションについては「基準級」の設計がまだ多い。理由の一つは建設費だ。JSCAの試算だと、「特級」は「基準級」より約10%高い。ただし、グレードが上がるほど大地震後の修復費は少なく済み、建設費と修復費の合計は「特級」の方が約20%安い、という。
 「性能メニュー」を中心になってまとめた東京理科大の北村春幸教授は「耐震グレードを向上させるのは『保険』のようなものだ。建設費をかけるのか、地震の後で多くの修復費を払うのか。マンションを買う人も豪華な設備に目を奪われるだけでなく、建物の耐震性を確認して選ぶべきだ」と話している。
《出典》朝日新聞 (18/02/06) 前頁  次頁